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神戸地方裁判所尼崎支部 平成11年(ワ)579号 判決 2000年3月28日

原告

木村陽吉

右訴訟代理人弁護士

阪口徳雄

松丸正

白井皓喜

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

氏家純一

右訴訟代理人弁護士

高坂敬三

右訴訟復代理人弁護士

間石成人

伊藤憲二

小林京子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訟訴費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

被告と訴外株式会社大和銀行(以下「訴外銀行」という。)の両会社の株式を保有する原告が、弁護士を代理人としていわゆる集中開催日に開催された被告の株主総会へ出席しようとしたところ、被告から、同社の定款上株主以外の者の代理出席は認められていないことを理由に、右出席を拒絶されたことに対し、集中開催日にあえて株主総会を開催することは株主権の侵害に当たる、右被告定款が議決権行使の代理人資格を株主に限定していることは商法二三九条二項で認められた株主の議決権代理行使の権利を不当に制限するものであって無効である、仮に無効でないとしても、弁護士など株主総会を混乱させるおそれがない者についてまでその出席を拒否することは、右商法の規定に違背し違法であると主張し、被告の右株主総会における株主権行使の機会が奪われたことによる精神的損害の賠償を求めるものである。

一  前提とすべき事実(当事者間に争いのない事実以外の事実については、末尾に関係証拠を掲記した。)

1  当事者

被告は、資本金一八〇〇億円余の証券会社であり、原告は、被告の株式二一三八株を保有するほか、訴外銀行の株式七〇〇〇株を保有する株主である。

2  被告による株主総会の開催等

被告は、平成一一年六月二九日午前一〇時に第九五回定時株主総会(以下「本件総会」という。)を開催した。また、右と同一日時に、訴外銀行も株主総会を開催した。

被告が、本件総会を開催した右日時は、証券市場に上場し、三月末日を決算期とする株式会社(以下「三月期決算の上場会社」という。)の多数が集中的に株主総会を開催する日時に当たり、平成一〇年度においては、上場会社一九六八社のうちの一七九七社(91.4パーセント)が右日時に株主総会を開催した。

3  原告による本件総会への代理人による出席の申出と被告の拒絶

(一) 被告及び訴外銀行は前記のとおり、いずれも六月二九日に株主総会を開催することになっていたために、右両会社の株主であった原告は、訴外銀行の株主総会に出席することとし、本件総会に先立つ六月二二日、本件総会への出席を弁護士に委任し、同日付でその旨を被告に申し出た(甲一二、一三)。

(二) 被告は、その定款一三条において「株主は、当会社の議決権を有するほかの株主を代理人として、議決権を行使することができる。」旨の規定を根拠にして、被告においては、株主以外の者の株主総会への代理出席は認められていないとして、原告の右申出を拒絶した。

二  争点及び当事者の主張

1  被告が、本件総会をいわゆる集中開催日に開催したことが違法かどうか。

(原告の主張)

三月期決算の上場会社の多数は集中的に同一日の同一時間帯に株主総会を開催するが、その意図するところは、いわゆる総会屋対策の名目の下、株主が数社の株主総会に出席できないようにすることにあり、被告が主張するような株主総会の開催に先立ってなされるべき商法や証券取引法上の諸手続による制約のため、偶々同一日時に集中して開催することになってしまうというものではない。このことは三月期決算の上場会社につき想定される平成八年度ないし一一年度における定時株主総会の開催日と集中開催日とが一日ないし五日のずれをもって異なることからもいえる。現に、ここ数年の間に、いわゆる集中開催日時以外の日時に株主総会を開催する会社が増加してきており、平成一一年六月開催の株主総会については、二五〇社余りの株式公開会社が集中開催日時以外の日時に開催している。

このように、集中開催日時に株主総会を開催することは、株主が株式を保有する複数の株式会社の株主総会に出席することを事実上阻まれることになり、一般株主の株主総会へ出席して議事に参加する権利、あるいは質問権、議決権等が侵害されることになるので許されず違法である。

(被告の主張)

被告は、三月三一日を決算期日とするが、例年、六月二九日前後に株主総会を開催しており、本件総会のみを特別な期日として設定したものではない。

そもそも、株主総会の開催日及び開催場所については、商法の規定する範囲内で会社の裁量により定め得ることであり、多数の株主が一堂に会して行う株主総会の性質上、個々の株主の個人的事情はおよそ考慮し得ないものである。さらに株主個人には株主総会の期日を指定する権利がない以上、会社の定めた日時に従うほかなく、右日時が自らの希望する日時と合致しない場合には、代理人を選任して、あるいは議決権行使書によって、自らの意思を表明できるとするのが商法の定めであり、原告の主張はこれらを無視するもので、主張自体失当である。

ところで、商法特例法上の大会社においては、株主名簿の閉鎖についての三か月の制限期間内に株主総会を開催する必要があることから、その間に決算や計算書類等の作成、招集通知の発送等諸々の作業を履践しなければならず、本件総会を六月二九日に開催したのは、このような諸作業の履践を考慮した結果である。そこには株主権の行使を制限する意図などは存在しない。被告及び訴外銀行両会社の株主総会の開催日時が同一となったのは、このような諸事情の下でそれぞれの会社がそれぞれ判断した結果、偶々一致したに過ぎないのであり、単に開催日が同一であるというだけで当該開催が違法になるものではない。このような場合まで違法であるとすると、会社は個々の株主が他にどのような会社の株式を保有しているかを全て調査した上で、当該会社と自社の株主総会の日程が重複しないよう調整すべきこととなるが、多数の株主により構成される株式会社においてこのような調査をすることは不合理かつ不可能である。

2  株主総会における議決権行使の代理人資格を株主に限定している被告の定款は無効かどうか。

(原告の主張)

(一) 議決権行使の代理人資格を株主に限る旨の被告の定款一三条の規定は、その制限について合理的な理由がなく、かつ、商法上株主に認められた議決権代理行使の権利を不当に制限するものであり、無効である。

商法二三九条二項は、株主は代理人をもって議決権を行使することができる旨規定する。株主総会は株式会社の最高意思決定機関であり、これに株主が共益権の行使として議事に参与し、議決権を行使することは、民主的社団としての株式会社制度存立の基礎である。その議決権を保護し、実効性あらしめるために強行法規として右規定が定められているものである。また、商法は、民法六五条三項のごとき規定(定款による代理人出席の制限)を有しないが、このことは商法が強行法規性をもって代理人による議決権行使を認め、その制限を許さないことを明らかにしたものと解すべきである。

もっとも、最高裁昭和四三年一一月一日第二小法廷判決(民集二二巻一二号二四〇二頁)は、商法二三九条二項は、議決権を行使する代理人の資格を制限すべき合理的な理由がある場合に、定款の規定により、相当と認められる程度の制限を加えることまでも禁止したものとは解されないとして、右代理人は株主に限る旨の定款の規定は、株主総会が、株主以外の第三者によって撹乱されることを防止し、会社の利益を保護する趣旨に出たもので、合理的な理由による相当程度の制限ということができるから有効である旨を、また、昭和五一年一二月二四日第二小法廷判決(民集三〇巻一一号一〇七六頁)は、代理人を株主に限る旨の定款の規定を右昭和四三年判決と同じ理由で有効であると解しながら、株主以外の第三者の代理行使を認めることが株主としての意思を株主総会の決議の上に十分反映させることになる旨をそれぞれ判示しているが、右昭和四三年判決は、株式譲渡制限のあったいわゆる同族会社における妻による代理行使の事案で、株主総会を「第三者の攪乱」から守る必要性の大きかったものであり、また、右昭和五一年判決は、株主でない第三者の代理行使を認めても株主総会が攪乱されるおそれがなければこれを許すというものであった。

ところで、右各判決当時は、いわゆる総会屋が横行し、総会が株主以外の第三者によって攪乱されることを防止することに合理性があったが、そもそも、上場会社では、何人でも証券市場で株式を購入することができるので、代理人資格を制限することで総会屋対策とすることは殆ど実効性がない上、総会屋に対する商法上の刑事処罰の程度が重くなり、またその範囲も拡大され、かつ総会屋の反社会性並びにそれに対する利益供与等に対する社会的非難が高まった現在では、総会における「第三者による攪乱」はみられなくなったというべきである。したがって、右各判決のいう「第三者による攪乱」の防止という合理的な理由は現在では失われたというべきである。

(二) 仮に議決権行使の代理人資格を株主に限ることが認められるとしても、無限定にこれに限ることは、商法に違背し無効である。

少なくとも、弁護士、公認会計士、税理士等の専門家、又は株主の六親等内の親族、同居の親族については株主でなくとも代理人資格を肯定すべきである。これを一律に制限している被告定款一三条の規定はその限りで無効である。

(被告の主張)

(一) 議決権行使の代理人資格を株主に制限する旨の被告定款一三条の規定は、それが有効である旨の確立した判例に副うもので、会社実務においても定着した取扱いとなっており、この実務慣行は十分尊重されるべきである。さらに、会社と経済的にも法律的にも何ら関係のない第三者が、株主から委任状を集めて株主総会に臨み、株主総会を攪乱させるおそれがあることは現在でも変わるところはなく、会社にとってかかる事態を防止すべき要請は強いというべきである。

したがって、被告定款一三条の規定は有効である。

(二) 原告の主張するように弁護士、公認会計士、税理士等の専門家、または六親等内の親族、同居の親族については、株主でなくとも議決権の代理行使を認めるべきであるというのならば、先ず定款をこの旨に変更すべきことを要求すべきである。原告の主張する見解は、現行の定款規定をそのままにして、その解釈として当然に導き出されるものでもない。

3  被告が、原告の議決権代理行使を被告定款一三条の規定を根拠に拒絶したことは違法かどうか。

(原告の主張)

仮に、被告定款一三条の規定が有効であるとしても、右規定は、株主総会が、株主以外の第三者によって攪乱されることを防止し、会社の利益を保護する趣旨に出たものであるから、代理人資格の制限は合理的な理由による相当程度の制限である場合に限り許容されるとするのが相当であるところ、原告は弁護士を代理人として議決権を行使しようとしたのであるから、本件総会を攪乱する危険性などは毛頭存在しなかったというべきである。

したがって、被告が原告の右議決権の代理行使を拒絶したことは合理的な理由による相当程度の制限に基づくものではなく、違法である。

(被告の主張)

原告は、議決権の代理行使を制限できる合理的な理由による相当程度の制限として、株主総会が株主以外の第三者によって攪乱されるおそれのあることを挙げているが、そのほかにも、会社経営の意思決定機関である株主総会は、その構成員である株主のみによって運営されるべきであるとの在るべき姿に則っているものであるという合理的な理由も存在する。

加えて、被告のように議決権を有する株主の数が一〇〇〇人以上の会社では、株主総会に出席しない株主は、書面投票制度に基づく議決権行使書によって議決権を行使することができ(商法特例法二一条の三)、原告もこれにより議決権を行使することができたのであるから、被告定款一三条の規定によって原告の議決権の行使は妨げられていない。

のみならず、仮に定款を変更して、株主以外の第三者にも議決権の代理行使を認めるとすれば、実際の株主総会は、その受付の場において、代理人の資格、受任の有無の確認等の事務処理に混乱を来すことは必至である。しかも、右判断を誤れば、総会決議に瑕疵があるとして、決議取消事由となるものであり、かかる責任を会社に負わせることは、株主総会の実務を無視した暴論というべきである。

したがって、被告が原告の議決権代理行使の申出を拒絶したことは違法でない。

4  原告は、本件総会において代理人により議決権を行使できなかったことにより、いかなる損害を被ったか。

(原告の主張)

原告は、被告が本件総会をいわゆる集中開催日に開催し、かつ代理人による出席をも拒絶したため、本件総会に出席し、議事について質問した上、議決に加わるという株主としての重要な権利を行使することができなかったという株主権侵害により、一〇〇万円相当の精神的損害を被った。

(被告の主張)

原告は、代理人によらずとも、前記のとおり書面投票制度に基づく議決権行使書の送付によって自己の意思を株主総会に反映する手段及び機会が与えられていたにもかかわらず、この手段を行使せず、議決権行使の機会を自ら放棄したのであるから、それを侵害されたとの主張はそれ自体失当というべきである。

原告が侵害されたと主張するのは、正確には「株主総会において、代理人により質問する利益」と解されるが、このような利益が議決権の一内容として固有権に含まれるかは疑問である。そもそも議決権の一内容として質問権が認められているのは、株主が現実に株主総会に出席して、議案についての質疑応答や討論に参加し、その結果を考慮して議案についての採否を判断するという会議体の本則に基づく利益を考慮したからに他ならない。ところが、質疑応答、討論がなされる場合、現場での回答や討論内容がいかなるものであるかはその場になってみないと判明しないことであるし、それが判明しない以上、代理人としてはその結果を本人にどのように伝え、本人が代理人を通してどのようにそれを反映させて議決権を行使するかも明らかにならない。つまり、本人がその場にいない以上、その質疑応答や討論の結果を議決権の行使に反映させることは事実上不可能であり、逆にいかなる質疑応答や討論であっても一定の意思表示をするというのであれば、議決権行使書の送付で事足りるというべきなのである。その意味では、質問権の行使は、そもそも代理に親しむものではないというべきであり、株主自身が行使して初めて意味があるものであって、代理人による質問権までも固有権として認める必要性はないというべきである。

したがって、原告には、本件総会における議決権の行使を侵害されたことによる損害などは発生していない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(乙四)及び弁論の全趣旨によれば、被告のように三月三一日を決算期日としている会社では、議決権の行使あるいは配当の受領権等を行使する株主を定めるための株主名簿の閉鎖期間及び基準日(商法二二四条の三第二、三項)、法人税の確定申告書提出の期限(法人税法七四条一項)との関係から、六月三〇日までに株主総会を開催しなければならないところ、その間に法律によって義務づけられている計算書類と附属明細書の作成及びその監査役会及び会計監査人への提出(商法特例法一二条一、二項)、監査報告書の作成及びその監査役会及び取締役会への提出(同法一三条一項)、株主総会の招集、提出議案に対する意見の決定(商法二三一条、二八三条一項)及び招集通知書の作成とその発送、その他総会会場の手配、議決権行使書、質問書の整理等開催に向けた諸々の事務を履践しなければならず、そのためには、株主総会の開催日は六月下旬後半に設定されざるを得ないのが株主総会実務の実情であること、本件総会も右実情のもとに開催すべき曜日(一般に土曜日及び日曜日は休業日とされていることから、月曜日は前日の日曜日が郵便物の配送がないことから、いずれも望ましくない。なお、配当金の支払が基準日の法定期間内に実施される必要から六月三〇日は適当でない。)、時間(早朝、深夜がさけられるべきは当然であり、午前一〇時とするのが常識的である。)を考慮して、平成一〇年六月二九日午前一〇時に開催することに決定したことが認められる。

2  原告は、上場会社の多数が集中的に同一日の同一時間帯に株主総会を開催する意図は、専らいわゆる総会屋対策という名目の下、実は株主が数社の株主総会に出席できないようにすることにあり、本件総会もかかる意図の下に集中開催日時である右六月二九日午前一〇時に開催されたものであると主張する。

たしかに、同一日時に集中して各会社の株主総会が開催されれば、原告のように複数会社の株式を保有する株主は、それぞれの株主総会に出席することができなくなり、株主が株主総会へ出席して議事に参加し、あるいは質問をし、議決権を行使することは事実上阻害されることになる。証拠(甲九)及び弁論の全趣旨によれば、これを避けるため株主総会の開催日時を改め、いわゆる集中開催日時以外の日時に開催する会社が増加していることも認められる。

しかしながら、そもそも株主総会をいつ、どこで開催するかは、商法の規定する範囲内で会社が裁量によって定めることができる性質のものであり、右裁量判断をなすについては商法等各法令の定める制限や事務手続など諸般の事情を総合考慮することになるが、右判断に際して、ある特定の会社と意を通じ、あるいはある特定の株主を排除する目的で特定日に株主総会を開催することとしたなど右裁量権を逸脱する特段の事情がない限り、単に他の株式会社の株主総会の開催日と一致したとしても、右判断が違法となることはないというべきである。

被告が本件総会を平成一一年六月二九日に開催した経緯は前示1のとおりであり、右事実によれば、右開催日は、法令の定める諸手続との関係、事務処理上の制約などの諸事情を考慮した上で決定されたものということができ、その過程に特段不合理な点はない上、被告が訴外銀行と意を通じ、あるいは原告を特に本件総会から排除する目的で右集中開催日時に本件総会を開催することを決定したなどという右特段の事情も認められない。

なお、原告は、平成八年度ないし平成一一年度における株主総会の日程について、実際に開催された日時と各種手続から想定される日時とが一致しない(甲一〇の1ないし4)ことを理由として、本件総会の集中日開催が意図的なものである旨指摘するが、右想定される日時は、あくまでも三月末日を決算期日とする会社について、各種法令の手続等を経た結果、開催日として想定し得る日時を表したものに過ぎず、各会社が株主総会を開催するに際して考慮すべき個別の事情(例えば、株主の総会出席の便宜等)について考慮したものではない(弁論の全趣旨)から、右指摘は適切ではない。

3  そうすれば、被告が本件総会を集中開催日時である平成一〇年六月二九日午前一〇時に開催したことが違法であるとはいえないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

二  争点2について

1  原告は、株主総会における議決権行使の代理人資格を株主に限定している被告定款一三条の規定は、商法二三九条二項に違反し無効である、仮に議決権行使の代理人資格を株主に限定することが認められるとしても無限定にこれに限っているので、右条項に違背し無効である旨主張する。

2(一)  商法二三九条二項は、株主が代理人によって議決権を行使できる旨規定しているところ、これは株主の議決権の財産的特異性及び個性の希薄さを示すもので、その実際的機能は株主側のためというよりも、むしろこれにより総会の定足数を確保し、経営者の経営方針の貫徹を図るという経営者側のための制度であると解せられる上、議決権には出資以外の個人的理由による利益追及は排除されるべきであるという団体的制約及び会社の公共性からくる社会的制約があることに鑑みれば、右代理人資格は制限できないものであると解すべきでなく、右議決権の団体的制約及び社会的制約からすれば、株主総会が、株主以外の第三者によって個人的利益追及の道具に利用されることやあるいは撹乱されることを防止し、会社の利益を保護する必要があるような場合には、合理的な理由による相当程度の制限として、定款により右代理人資格を株主に限定することも許されると解するのが相当である。

この点につき、原告は、前掲最高裁昭和四三年判決が、株主以外の第三者によって株主総会が攪乱されることを防止し、会社の利益を保護する趣旨に出たものと認められるような場合を、右合理的な理由による相当程度の制限ということができると判示していることを捉え、右判決当時はいざ知らず、現在では、何人でも株式上場会社の株式を証券市場で購入することができるので、代理人資格を株主に制限することで実効性のある総会屋対策はできない上、総会屋に対する商法上の刑事処罰の程度が重くなり、またその範囲も拡大され、かつ総会屋の反社会性並びにそれに対する利益供与等に対する社会的非難が高まっていることに鑑みれば、株主以外の第三者による株主総会の攪乱という現象はみられなくなっているので、右攪乱の防止という合理的な理由は失われていると主張する。

たしかに、現在では何人も株式市場において株式を自由に取得できるので、議決権行使の代理人資格を株主に限定することで株主総会が攪乱されることを完全に防止できるとはいえないが、出資以外の個人的理由による利益を追及するため会社と経済的にも法律的にも何ら関係のない第三者が、株主から委任状を集めて株主総会に臨み、株主総会を攪乱させるおそれがあることは現在でもかわるところはない(弁論の全趣旨)のであるから、現時点においても、総会が株主以外の第三者によって攪乱されることを一般的に防止するという会社の利益には合理性があるというべきである。

(二)  原告は、仮に、定款上議決権行使の代理人資格を株主に限定することが許されるとしても、無限定にこれを制限することは商法に違背し無効であり、少なくとも弁護士、公認会計士、税理士等の専門家、又は株主の六親等内の親族、同居の親族については、株主でなくともその代理人資格を肯定すべきであると主張する。

しかし、前示のとおり、株主総会における議決権行使の代理人を当該会社の株主に限定する旨の定款の規定が商法二三九条二項に違反せず、有効であると解せられるのは、株主総会が株主以外の第三者によって個人的利益追及の道具として利用されたり、撹乱されることを防止することによって会社の利益を保護する必要性があるということに合理性が認められるからである。

したがって、定款で代理人資格を株主に限定しているからといって、株主以外の代理人であればすべて議決権の代理行使が認められないと解すべき必然性はなく、代理人として選任された者が株主総会に出席し、諸決権を行使しても株主総会が攪乱されるなど、会社の利益が害されるおそれがないと認められる場合には、商法二三九条二項の本則に立ち戻り、その者による議決権の代理行使が認められることになる。右定款の解釈によれば、議決権行使の代理人資格を株主に限定している被告定款一三条の規定は、無限定にこれを制限しているものではないから、定款で右代理人資格を原告が主張する弁護士等の専門家や株主の六親等内の親族等に認めなくとも、これらの者が議決権を代理行使する途が閉ざされたことにはならない。

3  以上によれば、議決権行使の代理人資格を株主に限定する旨の被告定款一三条の規定は商法に違反するものではないから、無効であるとはいえない。

三  争点3について

1  被告定款一三条の規定は、株主総会が株主以外の第三者によって個人的利益追及の場になったり、攪乱されたりすることを防止し、会社の利益を保護するという合理的な理由のある場合に、株主以外の第三者の代理人資格を制限できるものであること、原告は、本件総会への出席を株主以外の弁護士に委任し、被告にその旨を申し出たが、被告が右定款の規定を根拠に右申出を拒絶したことはそれぞれ前示のとおりであるところ、原告は、右拒絶は、右定款の規定の解釈運用を誤ったもので違法であると主張する。

2  本件総会へ出席を委任された者が弁護士であることからすれば、受任者である弁護士が本人たる株主の意図に反する行動をとることは通常考えられないから、株主総会を混乱させるおそれがあるとは一般的には認め難いといえる。したがって、右申出を拒絶することは、本件総会がこの者の出席によって攪乱されるおそれがあるなどの特段の事由のない限り、合理的な理由による相当程度の制限ということはできず、被告定款一三条の規定の解釈運用を誤ったものというべきである。そこで、右特段の事由の有無について検討する。

被告は、右特段の事由として、代理人として選任された者の個性によって取扱いを変えるということでは、総会を開催するに際しての事務処理が極めて煩雑となり、総会の開催が混乱するおそれがあり、そのような実務上の混乱を生じるような取扱いをすることは相当ではないことを挙げる。

しかしながら、本件においては、前示のとおり、原告は、被告に対し、本件総会に先立ち、自己の選任した代理人の氏名及び職業を委任状と共に被告に告知していたのであるから、被告としては、本件総会当日に、代理人たる弁護士に対して、代理人自身の身分・職務を証明する書類の提示を求めて、右代理権の有無、代理人の同一性を確認し、その上で会場への入場を認めるという取扱いをすれば足りたのであって、右手続の履践が本件総会を開催するに際しての事務処理を著しく煩雑にし、総会の開催を混乱させることになったと認めるに足りる証拠はない。

そうすれば、被告には、本件総会の開催にあたり、原告の代理人による議決権の行使を拒絶するに足りる特段の事由があったとはいえない。

3  以上によれば、被告が、原告による弁護士を代理人とする議決権の代理行使の申出を拒絶したことは、被告定款一三条の規定の解釈運用を誤ったものであるから、商法二三九条二項に違反するものというべきである。

四  争点4について

1  原告は、代理人による本件総会への出席を拒絶されたことにより、株主総会に出席して質問した上、議決に加わるという株主としての重要な権利を行使し得なかったことにより、精神的損害を被ったと主張する。

2  株主は株主総会に出席し、議事につき質問をし、諸々の動議を提出し、議決に加わる権利を有するところ、右権利は、株主たる地位と結びついてのみ認められるもので、通常はいわゆる共益権として行使されるが、共益権は営利社団法人である株式会社において、株主の会社加入の目的である経済的利益確保の機能を果たすいわゆる自益権を補助し確保するものとして機能するものである。したがって、右権利は、株主たる地位と結びついてのみ認められるとしても、株主たる人その人の個性と人格的に結びついた権利ではなく、最終的には株主の利益配当請求権に代表される自益権を補助し確保することをその機能とする財産権であると解するのが相当であるから、右権利が人格的権利であることを主張するためには、右権利によって確保されるべき利益が株主の財産的利益ではなく、株主の人格的利益であることを証明する必要があるというべきである。

右説示によると、右権利が原告の人格的利益であると認められない限り、原告が本来主張すべき損害は、原告が代理人によって本件総会に出席し、議事について質問をし、動議を提出し、議決に加わることができなかったことによる財産的損害であるというべきところ、原告が代理人によって本件総会へ出席することによる利益が原告の人格的利益であることを認めるに足りる証拠はない。

そうすれば、原告は、右代理出席の拒絶により財産的損害を被ったとはいえても、精神的損害を被ったとはいえない。

3  以上によれば、原告の本件損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことになるが、仮に右権利が人格的権利であるとしても、次に述べるように右請求は理由がない。

(一) 証拠(甲一一、二四、二五、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件総会において、①平成一〇年一〇月ころ、アメリカ合衆国におけるCMBS(商業用モーゲージ担保証券)の問題により、被告が巨額の損失を出し、その後、被告の株価が下落した件及び株主総会の参考書類である財務諸表に多額の損失が計上されていた件について、株主に対する情報の開示の在り方、会社の危機管理の体制とその甘さによる巨額損失についての責任の取り方に関する会社側の見解を、②平成一〇年一〇月の野村アセット・マネジメント投信の社長の解任に関する事情を、そして、③被告第九三回株主総会においても問題提起した国際会計基準の採用、社外取締役の採用、社長以外の公平な議会議長制の採用、株主の自由な委任による株主総会代理出席制度、株主名簿謄写交付制、役員の退職慰労金総額を株主総会の承認事項とすること等の各事項をそれぞれ取り上げ、被告の経営陣に対して質問を発して議事に参加し、今後の自らの投資の方向性に関する参考とする意向を有していたが、代理人には特に右①の事項を問い質してもらうことを希望していたことが認められるところ、証拠(乙一)及び弁論の全趣旨によれば、本件総会においては、原告が関心を有していた右事項の中、巨額の損失の発生に関する経営責任と危機管理の体制に関する事項を除いては概ね議題あるいは議題に関する質問とそれに対する回答によって、論議されたことが認められる。

右事実によれば、原告の被った精神的損害とは、本件総会において、原告が特に質問をしたかった危機管理に関する事項が論議されなかったことにより受けた精神的苦痛であるというべきである。けだし、本件総会において論議された事項については、仮に右事実に関する質問ができなかったとしても、それは投資家としての原告個人の意向の問題としては充足されない面があるものの、会社の共同所有者という共益的な立場からみれば、質問をしたという目的は一応達成されているとみることができるのに対し、本件総会において論議されなかった事項については、投資家としての原告個人の意向はもとより、会社の共同所有者としての原告が、その経営に関する事項を問い質し、場合によっては経営陣の責任を追及することのできる機会を奪われたということに帰するからである。

(二) しかし、証拠(甲一一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、右危機管理に関する事項は、被告の平成九年第九三回定時株主総会でも原告によって質問され、世間の常識が通用するような改革をする旨の回答を得たものであるが、右回答が必ずしも原告の意に沿うものでなかったことから、原告は、多少の期待はあったものの、本件総会においても原告の意に沿うような回答は得られないと思っていたことが認められる上、弁論の全趣旨によれば、被告の採用している書面投票制度を利用すれば、右事項などは本件総会における質問事項として取り上げられ、論議されていたと推認できるところ、原告は右制度を利用しなかったことが認められる。また、証拠(甲一一、原告本人)によれば、原告が同一日時に開催された訴外銀行の株主総会に出席し、本件総会を代理人により出席することにしたのには、訴外銀行が受け入れたいわゆる公的資金使途の顛末を質問するという理由のほかに、訴外銀行の株主総会の開催地が地元大阪であったが、本件総会の開催地が東京であったことも一つの理由であったことが認められる。

これら諸事情に鑑みると、原告が、被告から本件総会への代理人による出席を拒絶されたことにより被った精神的苦痛はそれほど大きくはなく、果たしてこれを金銭によって償わせるに足りる程度に至っているかは疑問であるといわざるを得ない。また、仮に金銭によって償わせるに足りる程度に至っていたとしても、前記のとおり、原告は本判決により、被告が原告の本件総会への代理人による出席を拒絶したことは、被告定款一三条の解釈運用を誤った商法違反の行為である旨、原告の主張の一部が認容されたことにより慰謝されたと解するのが相当である。

4  そうすれば、いずれにしても、原告の本件損害賠償請求は認められない。

五  まとめ

以上のとおり、結局、原告の本訴請求は理由がないことになるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官最上侃二 裁判官明石万起子 裁判官金子大作)

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